「堅い選択」だったはずのメガバンク
自分の新卒での就職活動当時(2005年頃)、大学が経済系の学部だったこともあり、同期は金融機関に就職する者が多かった。
銀行、証券、生保、損保などなど。
その中でも、とりわけメガバンクに進む者に対しては、「堅い選択をしたなあ」という印象を持っていた。
この本のことを知ったのは、最近の日経新聞の広告欄だった。
舞台となるのは「M銀行」。
大規模なシステム障害のニュースもまだ記憶に新しかったし、もともと他の会社や職業にとても興味がある人間なので、Kindleでサンプル試読の上、購入してみた。
結論から言うと、めちゃくちゃ面白かった。
一昔前は「安定」「エリート」「高給」のイメージが強かったが(少なくとも私の世代は)、その内情は正直言って「ブラック企業」のようだ。
内実〜パワハラとハードワーク〜
詳細は同著本文に譲るが、結構なレベルのパワハラとハードワークだ。
(これは、仕えた支店長によるところが大きいそうだが)
例えば、下記のようなエピソードが出てくる。
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・午後7時、報告会が終わると、デスクワークが始まる。ここから一心不乱に、融資の稟議書類を書きまくる。午後9時を回ると、片付けの準備を始める。片付けとは、持ち帰り仕事をするために、必要な書類を選別することを意味する。遅くとも9時半には支店を退出しなくてはならない。寮での夕食後、暗黙の了解で決まっていた年齢順に風呂に入るとすぐに3畳の個室に戻る。そこからはひたすらデスクワークの続きが始まる。
・仕事は過酷だった。報告書や稟議書の作成に途方もない時間と労力がかかる。労使協定により21時30分を超えての残業はできないため、支店が入居するテナントビルのロッカーの一室で残業した。できるだけ終電に間に合うようにしていたが、それでも徹夜が続くこともあった。コンビニでシャンプーや下着を買い、寒い冬の日も、給湯室で洗髪して体を拭いていた。
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また、銀行特有(?)の慣習やしがらみが滲み出る、以下のエピソードも興味深かった。
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・「結婚式をやるかどうか決めるのはお前らやない。お前らの親御さんでもない。それを決めるのは支店長や」
(職場で結婚の報告をした際の話)
・「あと1ヶ月で子どもが生まれるんですが…」
「そんなことは知らん。お前が産むわけじゃなかろう。明日の朝から行け」
(突然の転勤事例に対して)
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個人的な話になるが、私は結婚式のことは特に誰にも言わず、それぞれの両親と兄弟だけで南の島で挙げた。
その感覚からすると、このエピソードはちょっと考えられない。
また、後者の転勤に関するエピソードは、仮に私の会社だったら、もしこのように言われたら反発するか辞める人間が多いような気がする。
それくらい、慣習というのは会社によって違うものなのだなと、改めて感じた。
「人間の運命とは」、と考えさせられた、2001年の同時多発テロの際のエピソードも興味深い。
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・どの支店に配属になるかで銀行員の運命は変わる。F銀行(M銀行の前身)に入行しても、こうしたパワハラ支店でもがき苦しむ者もいれば、金融界の中心ニューヨークで華々しく活躍する者もいる。この後、アメリカで同時多発テロが起こる。F銀行ニューヨーク支店は旅客機が突入した世界貿易センタービルの高層階にあり、現地採用のスタッフを合わせて700名の体制だった。運命とは実に数奇なものである。
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読書メモ
(※個人的なメモのため、一字一句が本文と同じではありません)
杉山さん一家は今後数十年にわたり新しい家で暮らしを営み、人生を重ねていく。私はその手助けができたのだ。銀行員という仕事も捨てたものではない。初めてこの職業の醍醐味を実感した。あの日、5人で撮った写真は今でも大切に保管してある。
「結婚式をやるかどうか決めるのはお前らやない。お前らの親御さんでもない。それを決めるのは支店長や」
「あと1ヶ月で子どもが生まれるんですが…」
「そんなことは知らん。お前が産むわけじゃなかろう。明日の朝から行け」
四半世紀にわたる銀行員生活、休日や祝日は旅行どころではなく、年末年始やお盆は帰省に終始していた。
毎朝、7時30分からミーティングが開かれる。その5分前に寺川支店長が会議室に現れる。課長と副支店長には当日のミーティングで話す内容を事前に伝えておかなくてはならないので7時前に支店に入ることになる。
今月の営業目標、目標金額に対して昨日までの進捗状況、目標に届いていない分をどうするか、どの担当先に何を持ちかけるか…、そんなことをみんなの前で発表する。
飲食店で昼食を取ることは禁止されている。その間に車上荒らしに遭い、重要書類を盗まれれば顧客情報の漏洩になるからだ。外回りの銀行マンにとって昼食は、朝買っておいた弁当をクルマの中で食べるか、ファストフードのドライブスルーを利用するかの二択だ。
こうしたデスクワーク自体では1円の利益も出ないため、営業の本質は日中の営業活動である。営業成績が振るわなければ、朝夕のミーティングでこってりと絞られる。
金曜の夜には妻の待つ大阪まで毎週、車で帰っていた。週末だけはどうしても家族と過ごしたかった。土曜の昼前に家に到着すると、妻と生まれたばかりの我が子の顔を見て、ほっとする。日曜日はほとんど寝て過ごして、その日の昼には宮崎に向かう。そして、週が明け、再び日常が始まる。
まだETCなどなかった時代で、半年間の往復の高速代は80万円を超えた。片道の移動時間は9時間半。運転で疲れ、途中のサービスエリアで横になると、寝不足もあって朝まで起きられないこともあった。
こんな生活を9ヶ月ほど続けていたせいか、体が悲鳴を上げた。年に一度の定期健康診断で、血尿と不整脈で再検査を求められた。
自分がコケるわけにはいかない。営業マンはどうやったら目標を達成できるのかばかりを考えている。
成績が上がらず、支店長からパワハラ同然の仕打ちを受けていると打ち明けた。それから数ヶ月ほど経つと、夏久君からの電話が途絶えた。後輩から漏れ聞いたところ、ノイローゼになり休職したらしい。さらに数ヶ月して、人づてに夏久君が復職した後、M銀行系のリース会社に出向したと聞いた。それ以来、彼は2度とM銀行に戻ってくることはなかった。
「バカかよ。死ねよ」。実際に面と向かって、そう言われた。これは強烈な体験で、窓口係とはどういうものか、身をもって知った。
また現場に戻れる。事務職の、窓口サービスを担当する課であり、顧客獲得や融資獲得のための営業を行うわけではない。それでも現場に戻って、誰かの役に立てると思えることがただただありがたかった。
人は仕事を通じて成長できるのだ。
まとめ
ここでご紹介したのはほんの一部だが、このような様々な苦労を経験されてなお、筆者は現在も「M銀行」で現役で勤務されているという。
終盤で語られていた一言が、その理由を物語っている気がした。
「人は仕事を通じて成長できるのだ」
読み物としても非常に面白く、とても勉強にもなった一冊でした。
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