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「謙虚さ」は脳科学的にも重要だった:『認知バイアスの教科書/ 西剛志』

いだゆ

長野県出身。関東圏で働くサラリーマン。
明治大学を卒業後、オンワード樫山、ジョンソン・エンド・ジョンソン等に勤務。
趣味は読書(年間200冊ほど)、旅、犬猫。
【Twitter】@tabihonkoe
【Note】https://note.com/yuki423

自分の見ている世界は「真実」か?

昔読んだ本に、「『自分にはまだ何も見えていない』と思わなければいけない」という内容の記述があったことを思い出した。
その時は、「心構え」の話なのだろうと思っていた。
しかし本書を読んで、それは「脳のメカニズム」の話だったのだ、ということがわかった。

「認知バイアス」という単語は聞いたことがあったが、ここまで詳細かつ網羅的に解説されているものを読んだことはなかった。
これは人間である以上、生存のために、誰にでも必ず備わっているものだという。
その性質を理解し、うまく使いこなせるかどうかで、人生の質さえも変わってくるようだ。

本文中に書かれているが、
「私たちが見ている空間内の情報量は毎秒1000万ビットと言われますが、脳が実際に処理できるのはわずか20〜40ビットほど」
なのだという。
つまり、比率にして「50万分の1程度」しか処理できていない、ということだ。
そうなると「自分にはまだ何も見えていない」という表現も、大げさどころか当たり前の話のような気がしてくる。

著者ご自身も、終盤でこのように述べられている。
「『もしかしたら、自分の見ている世界は間違っていたのかもしれない』と思うようになりました。それ以来、日々感じる感情、日々出会う人、ものや問題、出来事から自然、動物にいたるまで全てに対して謙虚な態度で接しようと思いました」

「無知の知」「不知の自覚」という言葉があるが、その概念にも近いのかもしれない。
「自分がわかっていないこと」を自覚すること自体が、大きな価値を持つことなのだろうと感じた。

抜き書きメモ

(※個人的なメモのため、一字一句が本文と同じではありません)

「パスの回数を数えて」と言われてしまうと、パスの様子ばかりに脳が注目してしまい、ゴリラの映像が見えなくなってしまうのです。
(『見えないゴリラの実験』)

私たちは見たいものを見ていて、真実を見ているわけではないのです。実はこのことが、私たちの考え方や行動の偏り(認知のズレ)を生み出し、同じ環境にいても人によって全く違う成果を生み出す原因につながっています。

私たちが見ている空間内の情報量は毎秒1000万ビットと言われますが、脳が実際に処理できるのはわずか20〜40ビットほどしかありません。

つまり、すべての情報を処理しようとすると脳がパンク状態になります。それを防ぐためにも、脳は自分にとって必要な情報のみ(例えばゴリラの実験では、パスを数える情報のみ)を選択することで、脳に大きな負荷をかけずに思考したり行動したりすることができるのです。

認知バイアスは生理反応まで変化させて、ダイエット効果があったり、記憶力を高めたり、能力を変えたり、老化まで防げることが最新のリサーチでわかっています。逆にマイナスに扱うと、真逆の結果が手に入ってしまいます。

認知バイアスについて学んでいくと、物事を見る視点を増やしていくことができます。そして、いくつもの研究が指摘していますが、視点が増えると人生の幸福度が高まります。

認知バイアスを理解し、味方につければ、あなたの人生の幸福度が高まり、より楽しくラクに生きやすくなるのです。

もしうまくいかない分野があるとしたら、そこにはほぼ確実にマイナスの形で認知バイアスが存在しています。

生まれたその時から動いているモノに注目する本能があるのは、その能力が生命の維持に直結するからです。(赤ちゃんの「追視」)

どんな分野でもうまくいく人は総じて、この「注目バイアス」の働きをうまく利用しています。

得たいものを明確にした瞬間に「注目バイアス」の機能が働き、得たいものに関する情報がどんどん入ってくる。

脳は1つのことを見ようとすると、それにまつわる情報を集めてはくれますが、それ以外のものは見えなくなってしまうのです。

同じ風景を見ていても、同じ相手と向き合っていても、あなたが見ている世界と私が見ている世界、道行く人が見ている世界は全く異なります。なぜなら、1人ひとりが注目するものによって、「注目バイアス」の働き方が違うから。

最初に受けた刺激で行動が変わる脳の性質を「プライミング効果」と呼んでいます。

例えば部屋の棚に本を飾っておくと、その背表紙に書かれている言葉で日々の行動が気づかないところで影響を受けているという可能性もある。

うまくいく人ほど、部屋に幸せを感じる写真や尊敬する人の写真を飾っている習慣があったりします。幸せな気持ちを彷彿とさせる楽しかったワンシーン、表彰された時の写真、いつか実現したい憧れの人や旅行先の写真など、見ているだけでワクワクするような写真を目につく場所に飾っています。

私たちには、自分の感情によって過去の記憶を作り変えてしまう傾向があります。(作話)

「作話」が強い影響力を持っているのは、偽記憶が脳の扁桃体と密接に関わっているからです。

一度この「Aさん=嫌な人」という「確証バイアス(自分が既に持っている先入観や仮説を肯定するため、自分にとって都合の良い情報ばかりを集める傾向性のこと)」ができてしまうと、脳は相手の嫌な点しか見ようとしないため、それが確信となってAさんのイメージが固定化されてしまいます。

私たちは無意識にそれぞれ自分のルールを持っています。「時間は厳守した方がいい」「食べる時は音を立てない方がいい」。こういったルールは、自分にとって大切なものです。ですから、自分がルールを破ると罪悪感となり、他人が破ると怒りやイライラにつながります。

私たちはいきなり「譲ってください」と言われると、脳が本能的に抵抗を感じます。しかし、理由を伝えられると、脳の論理的な思考を司る前頭前野でその理由が処理されるため、脳の中でその事実を受け入れようとする体勢が整います。なぜなら、その人が言っている理由は事実であるため、脳は事実を否定できないからです。その結果、理由の後に来るメッセージを大切なものとして脳が受け入れやすくなります。

ビジネスやスポーツ、恋愛などあらゆる分野でうまくいく人は、人を動かす天才です。そして、かなりの確率でメッセージに理由を添える習慣があります。

「メモすることが大事」ではなく、「手を動かすと記憶に残りやすいから、メモすることが大事」など、理由を伝えるだけで、ずいぶんと伝え方が変わります。

ここで面白いのは、きちんとした理由でなくても、脳は理由として処理するということです。理由を添えて話すと、そのメッセージが脳で処理されるため、相手もメッセージを受け入れやすくなります。

相手を変えるのではなく、自分が変わることで認知バイアスが変化する。

伝言ゲームでの「要約効果」は、私たちの脳の記憶の性質と深く結びついています。それだけに伝言ミスをなくすのは不可能だと言えるでしょう。言葉の行き違い、言った・言わないのトラブル、メッセージの誤要約を防ぐには、書いて記録に残すことです。

この恋愛のホットな状態(ドキドキ感)は、ドーパミンやフェニルエチルアミンなどの脳内ホルモンから生み出されており、これらのホルモンは個人差はあれど最長でも3年を超えると分泌されなくなってしまう。

安心やつながり、信頼を感じる時に分泌されるオキシトシンという脳内ホルモンは、60歳を超えてさらに増えていくことが、2022年の研究でもわかってきています。

私たちの脳は1つのことに縛られ、思考が制限されるのを嫌います。ですから「〇〇禁止!」「〇〇しなさい!」などの強制や命令には、その内容が正しい、正しくないとは関係なく、無意識のうちに反発を覚えるのです。
(心理的リアクタンス)

お母さんから「アホになるから勉強するな」と言われるたび、「心理的リアクタンス」が働き、ますます机に向かっていたのでしょう。

「子どものころ勉強が嫌いだった」という人に話を聞くと、大体が両親から「勉強しなさい」「宿題したの?」と言われ続けて育ったというケースがほとんどだった。

私たちの脳は何度も同じ情報に触れると、それが自分にとって重要なもの、大切なものと認識するようになる。
(「単純接触効果」「ザイアンス効果」)

「自己中心性バイアス」は、他者の視点ではなく自分の視点からしか見られない傾向のこと。未発達の幼い子どもに多く見られますが、成長とともに弱まっていきます。しかし、幼い時に「自尊心」が十分に満たされなかった人は、大人になってからもこの「自己中心性バイアス」が残っていることが多々ある。

言葉とは不思議なもので、主語を他の人に変えるだけで、認知が相手視点に変わってしまいます。

バイリンガルの人など色々な文化に触れた人は「自己中心性バイアス」が減少するという報告があります。文化を超えて色々な人の考えを理解することで、自分の世界観が広がり、他者の視点に立ちやすくなると言われています。

比較するのは他人や周囲からの評価ではなく、10年後の未来の自分。比較するものを変えるだけで、こんなにも自分に対する考え方が変わる。(マシュー・マコノヒー)

「ピグマリオン効果」。「人からの期待を受けると、期待された人がその通りになってしまう」という、教育の分野で発見された現象。

有名なのは、農家の生まれにもかかわらず、一代で天下を統一した豊臣秀吉の話でしょう。秀吉は子どもの頃から母親に「あなたは特別な子なんだよ」と言われていた。

「ピグマリオン効果」の逆は「ゴーレム効果」と言います。これは、マイナス面ばかりを指摘してしまうと、本当にマイナスなイメージの通りの人になってしまうという認知バイアスです。特に「ネガティビティバイアス」や「悲観主義バイアス」が強い人は「ゴーレム効果」を受けやすい傾向があります。

数多くのビジネスパーソンを研究してきましたが、成果を出していない人ほど「現状維持バイアス」が強いという傾向がありました。

普段から「小さな新しい行動」を意識してみることも大切です。毎回似たようなお店で同じようなメニューを頼むのではなく、新しいお店に入ってみたり、いつもと違う食べたことのないメニューを頼んでみます。映画や動画、アニメもいつもと違うジャンルのものを観てみたり、新しい人と出会ってみます。

「根本的な帰属の誤り」は、外側の環境要因に原因があったのではないかと考えると、やわらぐことがわかっています。つまり、ストレスを感じないためには、本当はその人の内側の原因であっても、外側の原因に結びつけることが有効なのです。

「根本的な帰属の誤り」を超えて、ちょっとした相手の曖昧な行動が全て自分を攻撃していると感じてしまう「敵意帰属バイアス」というものもあります。例えば、コソコソ話をしている2人を目撃すると、それは自分の悪口を言っていると思ってしまうのは、まさに「敵意帰属バイアス」です。相手は敵意があるものとして帰属(理由づけ)してしまいます。その結果、人に対して攻撃的になる人も多いそうです。

私たちは、外側に原因を置くと脳はストレスを感じます。なぜなら、自分の外側はコントロールできないからです。「雨が降っても、自分のせい」。究極の言葉ですが、これを目指していくと再び自分に主導権が戻ってきて、より豊かな人生を自分自身でつくり出していくことができます。

もし長年うまくいかない分野があるとしたら、それは自分を制限している「信念バイアス」が関係している可能性があります。

自分にこう問いかけてみてください。「いま思っていることは、100%絶対に本当なのか?」。

「セルフハンディキャッピング」。私たちの脳は無意識のうちに、「自尊心」を守るための「理由」を作ろうとする。

「自尊心」を守るための行いが、中長期的には周りからの評価も下げる結果になってしまう。

資料作りを1分だけやってみる、勉強を教科書3分の1ページだけやってみるなど、本来取り組むべきことを小さく始めてみましょう。すると、「作業興奮」という現象が起こり、やるべきことへの集中力が高まっていきます。

私たちの脳は手を動かし出した時、視覚、触覚などからの刺激を受けます。その刺激に脳の側坐核という部分が反応し、アセチルコリンという神経伝達物質を多く分泌。この反応がいわゆる「やる気スイッチ」となるのです。

雲をボーっと見たり、散歩したり、入浴するとよくアイデアが出てくることがありますが、これがまさにデフォルトモードです。

新しいアイデアを出すために、休日に川や海、山など、豊かな自然環境に身を置くのも効果的です。実際に3日間、スマホなどに触れずに自然の中で過ごすと創造性や問題解決力が50%高まることも報告されています。

出張の新幹線や飛行機の中など、移動中に良いアイデアが浮かびやすいのも同じ仕組みからです。身体を動かし、目に見える景色を変えると、自分の内側に向いていた視点が自然と人のためや外側に向かっていくようになります。

「コントラフリーローディング効果」
私たちの脳は、手間をかけたぶん、喜びが増すようにできています。ですから、豊かな資産を築き、仕事をせずにリタイア状態で生きるよりも、社会と関わりながら活動している方が幸せを感じられるのです。仕事の後のビールやスイーツといったご褒美が嬉しいのは、その前に費やした労力があるからこそ。自らの意思で働くこと、仕事をすること、稼ぐことは、それ自体が私たちの幸福感を支えてくれているのかもしれません。

家具のイケアが世界的に大ヒットしたのも、組み立てる工程が消費者の心をとらえたとも言われており、別名「イケア効果」とも言われます。

この「コントラフリーローディング効果」は、他の多くの動物たち、イヌやサル、トリやサカナに至るまで、動物界にほぼ共通してみられる現象です。ただし、世の中で唯一例外の動物がいます。それがネコでした。ネコだけは装置を押すよりも、労せず食べられる皿に置いてある餌を好むようです。

私たちの脳には「得よりも損を重要視する」傾向が備わっています。これは生き残るために必要な認知バイアスで、若い時の方が「損をしたくない気持ちが強い」こともわかっています。

2022年の最新研究では、高齢になるほど人とのつながりを感じる時に分泌される幸せホルモン「オキシトシン」が増えることがわかっています。特に1人暮らしの高齢者は他者を助けてあげたいという気持ちがいっそう強まる可能性があります。

日本人は、新しいことにチャレンジする人の割合が低い国民性とも言われます。また、安全な状況でも歩行者が赤信号を守って道路を渡らない、世界から見ると変わった国でもあります。

フランス人の多くはこう考えるようです。「車が通らないのに信号を待つ必要はない。ルールや規則は、秩序を保つために必要。ただ、ルールは人間の生活をスムーズにするためにあるのであって、ルールを守るために人間が存在しているわけじゃない」。

「多数派(同調)バイアス」と「システム正当化」によって、自分で考える力が奪われてしまっている可能性について考えてみてください。

何かの信条に固執してしまうのは、そこにすがることでしか自己重要感を満たせない状態にあることがほとんど。

狩猟時代から私たちは、敵と味方を見分けなければ生き残ることができませんでした。そこで、自分と同じ特徴があるものは味方、それ以外は敵だと判断する認知バイアスが発達していったのです。

「代謝バイアス」と「頻度バイアス」を味方につければ、大人になってからも、子どもの頃のような充実した時間感覚を取り戻すことができます。休日には、テレビを見ながらゴロゴロするのではなく、早起きして体を動かしたり、新しいスポーツにチャレンジしてみたり、読書をしたり、ゲームをしたり、買い物に行ったり、積極的に活動をして代謝を上げ、「出来事」との遭遇の頻度を増やしましょう。

2006年の脳の研究で、脳内には、顔と認識されるものを見た時にだけ反応する、紡錘状回顔領域と呼ばれる領域があることが発見されました。これは敵味方、危険か危険でないかを見分けるために「顔」と「表情」が役立つからです。

「もしかしたら、自分の見ている世界は間違っていたのかもしれない」と思うようになりました。それ以来、日々感じる感情、日々出会う人、ものや問題、出来事から自然、動物にいたるまで全てに対して謙虚な態度で接しようと思いました。

面白いもので、そう思ってあらゆるものに接すると、今まで気づけなかった大切なことに気づけるようになりました。同じ話を聞いても、人によってまったく見方や価値観が違ったり、問題が起きても違う角度から見ると簡単に解決できたり、自分の感情も意味があって存在していることにも気づけました。

まとめ

バイアス(偏見)を全て無くすことは不可能だ。
それは生存に関わる、本能的に重要な機能だからだ。
しかし、「自分はバイアスに囚われている」と認識するだけでも大きな意味がある、という重要な学びを得ることができた。

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